2009年10月31日

プロとアマチュア

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ナビスコ杯決勝直前。
秋晴れの今日は、小平の練習場がサポーターで大賑わいでした。

練習での紅白戦でも、まるで味スタかサテライトの試合かのように
良いプレーには拍手、惜しいプレーには「あ”〜〜〜バッド(下向き矢印)」という声が自然に響いて
いつもの練習場とはちょっと違った雰囲気になっていました。

でも、この雰囲気も今野選手によると「ちょうど良い緊張感」なのだとか。
大一番の決戦を前に、張り詰めた空気は漂いつつも、
浮き足立っている様子はまったく感じられません。
このままの自然体で、持てる力を100%出して、勝利をつかんでほしいものです。


さて、ちょっと話はそれますが。
最近よく「プロ」と「アマチュア」について考えさせられます。
たとえば音楽のことで考えた場合、
一般には、メジャーデビューしていたら「プロ」、
していないと「アマチュア」という括りになるのかもしれませんが、
今や、メジャー契約していなくてもクオリティの高い楽曲を生み出すアーティストはたくさんいるし
その人たちの作品をメジャー並みの品質で製品化するだけの技術も身近なものになってきて
単純に「アマチュア」と言い切れない作品が多く世に出回ることが可能になってきました。
メジャーレーベルと契約していることが「プロ」である必須、という時代ではなくなってきているのかもしれません。

では「プロ」と「アマチュア」の違いって何?
引き続き音楽のことで考えてみると、
「お金を出してその作品を手にしてくれる人に対しての責任を意識できる人」がプロなのではないかと
私は考えます。
アーティストだから、創作意欲や表現欲が内側から湧き上がってくるのは当然だし、
それを自分の思うがままに、自由に表現したいという気持ちがあるのも良くわかります。
ただ、それを自分本位で作り上げてそれに値段をつけて売る、というのは
どんなにクオリティが高いとしても、それは「アマチュア」のレベル。
「プロ」であれば、自分の作品を世に送り出すことの影響にまで意識が届いていなければダメ。

Raiji&Chipsというバンドは、楽曲も演奏もとても素晴らしく、
だから私は会社を興してまで彼らをバックアップしているのだけれど
どんなに言っても、その「プロ意識」の部分が甚だしく欠落していて
その点がとても残念。
自分の身の回りの人だけではなく、
知らないところでお金を払って作品を手にしてくれる人に思いを馳せることができるようになれば
彼らの音楽はもっともっと多くの、遠くの、人にまで届くはずなのに。
クオリティが高い分、あまりの意識の低さが本当にとても残念。
posted by ミヤモト at 21:35 | TrackBack(0) | DIARY | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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